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『 陥 落 』
- 「マーキュリーお願い、大聖堂に行かせてっ！私たちも闘いたいの！！」
- 「このキャッスルの 目と鼻の先で、大勢の国民が虐殺されようとしているのを 君は見過ごす
- 事ができるのか！？」」
- セレニティとエンディミオンの 血を吐くような懇願も、セーラーマーキュリーには 何の情動も
- 与えなかった。エンディミオンの鼻先に突きつけたサーベルを 微動だにせず、冷ややかに
- 言い放った。
- 「我慢、しなさい。」
- 「あなた方は 戦士ではありません。王族の使命は生き延びること・・、それだけです。」
- そう、王族の血を絶やしてはならない。銀水晶の力を継承できる 王族さえ生き延びれば、
- この壊滅的な打撃を被った月の王国も また復興できるのだ。それなのに、このふたりは・・・。
- ＊ ＊ ＊
- 月の王国・シルバーミレニアムは、地球からの邪悪な意志の襲撃に、その平和と繁栄を
- 根こそぎ奪われた。
- 侵略の魔手は、今やムーンキャッスルの目前まで迫っていた。
- 「ちっくしょうっ！ あたしの 薔薇が・・・・・・！！」
- ムーンキャッスルの門前に広がる、広大な ジュピターの薔薇園
が主戦場である。セーラー
- ジュピターは、自ら丹精の花々を踏みしめながら、執拗に繰り返される妖魔軍の波状攻撃を
- 敢然とくい止めていた。
- Single Bow（ひとつリボン）と呼ばれる、
腰にひとつだけのリボンを持つ 下級セーラー戦士を
- 数名引き連れただけの 心細い防衛隊は、それでも 強大な威力の妖魔軍を 何とかキャッス
- ルに寄せ付けないだけの働きをしていた。
- しかし、キャッスルから いくらも離れていないところに位置する 大聖堂
では、セーラーマーズと
- セーラーヴィーナスが、妖魔の大軍勢を相手に死闘を繰り広げていた。
- 戦火を逃れて立てこもる ２００人ほどの民衆を抱え、攻め来る妖魔軍の包囲陣に 必死の抵
- 抗を続けていた。
- 要塞の体を整えたキャッスルと比べれば、大聖堂は 張りぼての美術品である。そんな中で
- 足手まといな２００人を庇いながら ２戦士は ジリジリと追いつめられていった・・・・。
- ＊ ＊ ＊
- 四守護神の最後のひとり、セーラーマーキュリーは、ムーンキャッスルの 奥の院、小さなホー
- ルの中で、セレニティ、エンディミオンに サーベルを掲げ 対峙していた。
- 「マーキュリー、理屈じゃないわ。心が痛いの！どうしようもなく！」
- マーキュリーは、この手の会話には うんざりしていた。結論は、常にセレニティが持っている。
- セレニティのわがままな愛は、多くの人々に幸福をもたらし、そして ときには小さな悲劇をも
- 生んできた。だが、今だけは譲ることはできない。決して間違いは許されない 王国存亡の危
- 機なのだ。
- 大型のバスタードサーベルを 華奢な両腕で下段に構え、冷たく言い放つ。
- 「どうしてもと おっしゃるなら、あなた方の片足を断ち落としてでも、お止め申します。」
- 「・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
- “なんて、頭の悪いひとたちなんだろう・・・・・・。そう、あのふたりも・・・・・・。 ”
- マーキュリーは、大聖堂で 死闘を続ける同朋たちのことを思った。
- “マーズ、ヴィーナス・・・・ 大聖堂は もうダメよ・・・・・・。
- あなたたちだけなら、そこから簡単に脱出できるはず・・・・､どうして戻ってきてくれないの？ 守護
- 神の役目は王族の警護のはずでしょう！？”
- セーラーマーキュリーは焦っていた。１日････あと、たった１日 持ちこたえることが できれば･･･！
- あの ３人が帰って来る。
- セーラーウラヌス、セーラーネプチューン、セーラープルート。あの屈強な３戦士が 外惑星から
- 帰ってきさえすれば、王国創始以来の壊滅の危機も なんなく切り抜けられるはずだ。
- しかし、その１日があまりにも遠かった。今は辛うじて保たれている ジュピターの防衛線も、いつ
- 突破されるか わからない。
- “マーズ、ヴィーナス・・、大聖堂を捨てて 戻って来て！ 今 すぐにっ・・・・！”
- ＊ ＊ ＊
- 「大聖堂がっ・・！」
- ひとりの Single Bow が、あわただしくホールに駆け込んできた。物見楼からの 伝令兵だった。
- 「大聖堂が全壊、陥落しました！ 火が放たれ、焼け出された民衆の多くが虐殺されました。
- セーラーマーズ、セーラーヴィーナスは ・・・・・・ 消息不明の模様・・・・。 おそらく・・・・・・」
- 「ああ・・・・・・」
- 絶望の嗚咽を噛みしめるセレニティの肩を、エンディミオンは しっかりと抱き留めた。
- 「・・・・マーズ、ヴィーナス・・・、最後まで、ありがとう・・・・。」
- マーキュリーも、別の意味で 絶望的な状況に 深い嘆息をもらした。
- 「・・・・犬死に だわ・・・・・」
- だが、伝令兵の報告は、まだ終わってはいなかった。
- 「生き延びた者たちへの、殺戮が続いています。セーラージュピターが 救出に向かいました。」
- 「何ですってっ！？」
- マーキュリーが 金切り声をあげた。
- 「勝手なことをしないで！！ キャッスルの防御は、薔薇園は どうなるの！？」
- 「薔薇園を捨てました。２０名の Single Bow が、キャッスルの前門まで下がり、水際で・・・・ 」
- 「バカっっ！！ あなたたちに 何ができるっていうのっ！！ どうして私が・・・・・・！」
- マーキュリーが、伝令兵を突き飛ばし アーケードを飛び出そうとしたとき。
- 耳をつんざくような破裂音が轟いた。瞬間、前面の壁がゴムまりのように膨れあがり 突き破られた。
- 爆風と無数の瓦礫と、数十人分もの セーラー戦士の残骸が、小さなホールになだれ込んだ。
- セーラーマーキュリーが この世で見た、最期の光景だった。
- ＊ ＊ ＊
- クリスタルパレスは、永遠の沈黙に包まれた。やがて この静寂は、月全体を覆い尽くす事になる
- だろう。
- 月の王女と 地球の王子。ふたりが作った血肉の海の中に横たわり、マーキュリーは見えない目を
- 天に向けて微かに開き、薄れていく意識の中で思った。
- “・・・マーズ・・・ヴィーナス・・・・・・ジュピター・・・・・。あなたたちが、月を死の星にしたのよ・・・・・。”
- 大聖堂の方角で、妖魔軍の鬨の声があがった。すべてが終わったのである。やがて、クイーンセレ
- ニティにより、銀水晶の力が開放されるのだ。
- “転生という伝説を・・聞いたことがあるわ・・・・・。センチメンタルな妄想には、興味なかったけど・・・・
- もし、本当に生まれ変わる事が・・・できるのなら・・・・・・”
- 「・・・・今度は、バカがいない世界に、生まれたい・・・なぁ・・・・・」
- セーラーマーキュリーは、静かに眼を閉じた。
- ＥＮＤ
セラムン寄席 席亭 わんべえ
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